太陽光に含まれる近赤外線は、雨の日や曇りの日でも地表に降り注いでいます。肌にあたった近赤外線は、真皮の奥深く(波長によっては皮下脂肪や筋組織まで)届きます。
特に800ナノメートル〜900ナノメートルの波長の近赤外線は「生体の窓」と呼ばれるほど、体内の深くまで到達します。そして血液中のヘモグロビンや筋肉中のミオグロビンが、近赤外線を吸収しています。

近赤外線自体は太陽光以外からでも発せられています。テレビやコタツなど電気が流れていれば必ず近赤外線が出ています。また、電流を調整することで特定の波長と強さを持った近赤外線を出すことが可能です。
この仕組みを上手く利用し、体内の脳波測定やがん検査などの医療分野、コラーゲンの合成促進や皮膚の引締めといった美容分野で広く活用されています(図2)。

 

 

近赤外線のマイナスの作用

近赤外線は強さや照射時間を調整すれば有益ですが、太陽光に含まれる近赤外線は強すぎて、光老化を引き起こします。

1980年代にペンシルバニア大学のクリグマン博士は、ラットを用いた実験で紫外線を単独照射するよりも、紫外線と赤外線を混合照射する方が、皮膚の老化を更に促進し、紫外線による皮膚がんの発生も促進することを発見しました。

ここから近赤外線の研究が本格的に始められ、老化に対する様々なマイナスの作用がわかってきました。私は近赤外線が皮下筋肉の菲薄化や光線過敏症の増悪、毛細血管拡張症の原因の一つになっていると考えています。
美容面では長時間近赤外線に当たり続けると、シワの増強やたるみを引き起こします。これらの報告から、近赤外線もまた、防御しなければいけない老化光線であると言えます。

なお、紫外線に対して防御機能が強い人・弱い人といるように、近赤外線の防御機能にも、強い人と弱い人がいることもわかっています。近赤外線に対する防御機能が弱い人は皮膚の薄い人に多く見られます。
この人たちが、無防備で日常的に近赤外線に曝露されると、発赤・赤ら顔・光老化を引き起こす可能性があります。

  

人にもともと備わった近赤外線に対する二つの防御機構

近赤外線からの肌の守り方を考えるために、まずは人間本来が持つ太陽光への防御機構を考えましょう。

それは生物が進化する過程まで遡ります。生命が海中にとどまっていたころは、豊富な水のおかげで、紫外線や近赤外線から守られ、太陽光のプラスの作用だけを享受できていたと考えられます。

ところが、生命が陸に上がって初めて、生命は自身の細胞を太陽光のマイナスの作用から防御する必要が出てきました。
陸に上がった初期のシダのような植物は、細胞の外側を「ケラチン」という硬いたんぱく質で覆っています。ケラチンは水分の蒸発を防ぎ、太陽光の作用から体を守るのに大変効果的です。

生き延びるのに精いっぱいの生命ですから、一つで、たくさんの機能を果たせる成分を作らなければなりません。そして、その成分を獲得した生物種だけが生き残りました。

ケラチンは現在地上に生息しているほとんどの生物が作っています。例えば、強い陽射しでも平気で生活している昆虫の硬い外殻や、刈り取っても刈り取ってもすぐに生えてくる羊毛です。これらもまた、長い進化の過程で太陽光から身を守るために備わったものなのです。

現在の地球には、ケラチンのような、乾燥や重力にも耐え、太陽光の刺激をはじめとする外的刺激からも細胞を保護できる成分を獲得した生物で溢れているのです。生物が進化の過程で獲得した成分の機能を学ぶことで、自分たちの生活に活かさなければいけないと、私は考えます。

 

朝、顔があぶらぎるのは近赤外線から肌を守るため

ケラチンは羊毛だけでなく、私たちの頭髪、体毛、角質にも含まれています。さらに私たちは近赤外線を浴びると、まず血管を拡張して赤くして、次に汗をかいて皮膚の水分を増やして体を守ります。

近赤外線は水とヘモグロビンに吸収されるため、日常的に近赤外線を浴びている人は顔が赤くて、皮膚もパツパツに張っています。ケラチンと皮膚の水分は、近赤外線をよく吸収してくれます。それに加え、生体の中で近赤外線を遮断するのに大変効果的に作用しているものに皮脂があります。日光を浴びて汗をかいた後、顔が皮脂でベタベタになった経験があるでしょう。

また、朝起きた時にも同じような経験があると思います。これは、近赤外線から体を守るために皮脂が作られていると考えることができます。

私たちは遠い祖先の時代からずっと、朝起きてかなり長時間、太陽光に晒されながら生活しています。長い年月をかけて「紫外線はメラニンで遮断し、近赤外線は皮脂で遮断する」という防御機構が備わりました。皮脂は水分の蒸発を防ぐ作用も持ち合わせており、朝、顔に皮脂を蓄えて、日中の近赤外線に備えるのです。

洗顔しすぎると、皮脂が足りなくなり、肌が突っ張り、カサカサになることがあります。さらに皮脂による防御機能が落ちると、細菌感染の可能性が高まるので、洗いすぎはニキビなどの肌トラブルも増やします。『わたしは脂性肌で困るの』と悩まれる方も多いですが、実は乾燥肌よりも遥かに健康的で良い状態だと考えられます。皮脂が十分に分泌されれば、皮膚の防御機能もしっかり維持できるうえ、光老化の抑止にも繋がるからです。

 

 

近赤外線をしっかりと防ぐためのスキンケア

皮脂が適度に分泌されていたとしても、近赤外線への防御は不充分です。
さらに、加齢とともに皮膚の表面に水を貯められなくなります。結果、皮下の筋肉がダメージを受け、一気にたるんできます。
スキンケアアイテムに水分と油分、そしてケラチンを上手に配合することで、近赤外線を遮断できると考えています。現在開発されている素材を二種紹介します。

一つ目は「水コロイド」です。水分子をヒアルロン酸や吸水性ポリマーに吸着させ、油分でコーティングしたものです。水単体では肌への浸透性が低く、すぐに蒸発してしまいますが、油で包むことで浸透性を上げつつ、蒸発を抑えています。

二つ目は「HIKARIへリックス」です。油分でコーティングする構造自体は水コロイドと同様ですが、こちらは内側にケラチンとケラチンに多く含まれるアミノ酸を配合しています。

二つの素材には皮脂となじみやすい油分を使っています。よって、水分やケラチンを肌の奥へと浸透させることが可能になりました。

皮膚のとても厚い人は、ビーチで一日中、日に当たっても、平気かもしれません。しかし皮膚の薄い人は、頭髪、体毛、角質が減って、近赤外線から体を守れず、体力消耗が激しいばかりでなく、筋肉も損傷します。頭髪、体毛、角質の代わりのものを用意しないと、皮膚は弱くなり、老化が進んでしまいます。

紫外線の防御力の指標にはPAやSPFがありますが、近赤外線の防御力の指標は残念ながらまだありません。しかし、ケラチンを含んだ近赤外線防御の日焼け止めや、光老化が進んだ肌に「若返りのスイッチ」を入れてくれる光老化修復オイルは、老化予防に役立つでしょう。