私は認知症の祖母を在宅介護しており、今年で5年目になります。

認知症の治療といえば、薬物療法やデイサービスのリハビリ療法等をよく聞くでしょうが、我が家は

「同じ話でも限界まで聞いて適度に相槌を打って返してあげることと、自分でできる事は自分で」

をモットーとした自然療法をメインにした結果、進行を遅らせることに成功しています。

 

私は男性でして、30代前半で祖母を介護することになったのですが、その理由は3つあります。

母親(祖母の娘)は、祖母が認知症と診断された直後に脳梗塞を発症したこと

私には妹と弟がいますが、共に結婚し子供もいて、独身の私が一番介護しやすい状況下であったこと

母子家庭で母親は体が強くなく、祖母が地方公務員で50年以上勤務し分譲マンションの購入・学費・食費・衣料費等の生活費を稼いでくれ、不自由なく育ててくれたこと、これが一番大きな理由でした。

私は20代前半で躁鬱病などの精神的な病になり、仕事はしていましたが休むこともしばしばあり、一つの職場で長続きしませんでした。

せめてもの償いと、祖母を老人ホームには入所させたくなかったのです。

 

祖母の介護をはじめて1年が経つころ、いきなり緊急事態が発生しました。

祖母が夜中に自宅のベットから落下し、身動きがとれなくなったのです。

すぐに救急車を呼び病院にかかったところ、幸い「打撲」との診断で済みましたが、2週間の入院を必要としました。

 

 

入院当初は

「私はこのままあの世に行くんかな。」

と冗談で笑っていた祖母でしたが、1週間が過ぎるころにはほとんど話さなくなり、表情も硬くなっていきました。

しまいには「あなただった?いつの間にか来てくれたのは・・・」などと嘆くようにまでなっていました。

 

歩行もだんだん難しくなり、更に1週間後には車椅子生活になっていました。

医者曰く

「病院は自宅と違い、歩くことや話すことが少なかったり、物を取ったりすることが少ないので、ADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)が認知症の人は低下しやすい」

とのことでした。

私は

「極力話を聞いてあげる、笑ってあげる、できることは自分でやってもらう」

という自立訓練法の介護を実践しました。

 

祖母は、

「戦争の時は疎開して海から泳いで逃げてきたの」

「公務員だったから生活はできたわね」

「お金ちょうだい、通帳みせて」

などと同じ事を初めて言うかのごとく、何度も毎日のように言ってきます。

 

私は、時にイラっとする事もありますが、デイサービスやショートステイを有効利用しながら、極力聞いて笑って話すようにしています。

 

お皿を洗ったり洗濯物をたたんだり、デイサービスやショートステイの用意や着替えの準備など、できる範囲で自分の事は自分でしてもらっています。

さらに真夏でも真冬でも関係なく、ウォーキングできる日は1日30分ほどですが、一緒に歩き、体力維持に努めています。

 

退院直後と比較すると、徐々に話したり笑ったり、自分で物をとったり歩いたりできるようになり、車椅子生活からなんと1ヶ月弱で脱出し、現在に至っています。

 

祖母も

「自分でできることはしないとね、どんどんアホになってしまうからね」

と笑顔で話してくれます。

この笑顔を可能な限り見ていたいし、人間らしく生き、信頼と安心のできる人の元で過ごさせてあげたいと切に願っています。