認知症患者の方とはじめて対面したのは、私がヘルパー2級(現・介護職員初任者研修)を取得して間もなくの、ひよっこヘルパーの頃でした。

まだおむつ交換の仕方もままならない私でしたが、新設のグループホームに非常勤として勤務が決まって、6年の間、認知症患者の方々に寄り添ってお世話をしていく中で、様々なことを入居者さんから教えてもらいました。

 

認知症患者さん向けのセラピーというと、回想療法・音楽療法・作業療法・運動療法・アニマル療法・化粧療法など様々です。

しかし、グループホーム内で行われていたセラピーは軽い運動療法くらいで、あとは入居者さん達と家族のように洗濯や料理を一緒にしたり買い物に出るなど、ほのぼのとしたものでした。

洗濯物たたみや野菜の皮むきなどの作業になると、決まって入居者さんたちは歌を歌っていましたが、それが音楽療法になっていたかもしれませんね。

 

自立した集団生活がテーマのグループホームでは、老人健康保険施設や特別養護老人ホームのように、リハビリに積極的ではありませんでした。

ですから施設に可愛いわんちゃんが家族として仲間入りした時は、みんな目を輝かせていました。

そう、施設長が姪子さんからもらい受けた雌のビーグル犬を、グループホームのみんなで飼うことになったのです。

名前は「モモ」。

グループホームは生活の場なのであくまでもペットとしてですが、私たちの目には「セラピードッグ」としか映らないくらい、入居者さん方の表情には新しい変化がいくつも生まれました。

 

まずは、認知症の度合いが軽度で、ある程度自立している方から順に、モモを撫でてもらうことにしました。

1ユニット9人中4人がフロアに集まってきてくれました。

「かわいい!かわいい!」

と夢中で撫でてくださる方や、遠くからニヤニヤしている方。

ひたすらたたずんで観察する方と色々でしたが、驚いたのはモモです。

ある程度慣れると、まだ会えていない、ある入居者さんのドアの前で待っているようなしぐさをするのです。

私たち職員は一瞬固まりました。

だってモモが立ち止まっていたのは、フロアで1番怖いTさんの部屋の前だったからです。

Tさんは当時85歳。元教職に就かれていました。

戦争で出兵し帰国した後、奥さんに先立たれ、一人で男の子2人を育て、大学まで行かせた素晴らしい方です。

教職を降りて数年後、脳梗塞を患い、入院中に認知症であると診断されてここに入居された方です。

退院後、本当は家に帰りたかったのですが、息子さん二人とも、そしてそのお嫁さんも、Tさんを受け入れてくれず、無念の入居となったのです。

認知症の症状としては、着替えがあやふやで靴下を左右間違える、カギや金銭の取り扱いに時折ウッカリがある、といった程度でしょうか。

入居してからは感情の爆発もしばしばあって、外出レクレーションやみんなで家事をやるといったことにも参加しませんでした。

 

そんな「あの人はそっとしておこう」的存在のTさんの部屋の戸を、モモがカリカリとかいています。

職員同士で

「どうしよっか・・・」

と目くばせしましたが、少し見守ることにしました。

すると部屋の扉が開きました。

食事・入浴・トイレ以外でTさんの部屋の扉が開いたのは初めてでした。

 

「・・・ちっさい犬やな」

と、はじめに口を開いたのはTさん。

杖をつきながら部屋から出てきました。

一人の職員が

「あ、出てきた。」

と思わずつぶやきました。

怒るかな。

杖で叩いたりしないかな・・・

と思った矢先、

「えい、座れ」

とTさんがいうと、モモはしっぽを振るのをやめて、ちょこんとお座りをしたのです。

出てきていたほかの入居者さん方も驚くやら喜ぶやらで、思わずTさんに駆け寄って行きました。

「あんたなんでそんなことできるん」

「えらい慣れとるやん」と拍手!

私たちも話しかけると、どうもTさんは戦時中に軍用犬の訓練を担っていたようで、モモよりももっと大きな犬のお世話をしていたという事です。

 

入院し、家に帰れず施設に入れられ、自信を無くしていたTさんですが、モモがなついて行くと可愛がったり躾けたりしながら表情を取り戻していかれました。

集団への参加も少しづつ増えていき、他入居者さんとの会話も見受けられるようになりました。

モモは、他のフロアの自立度の低い入居者さん達にも分け隔てなく笑顔をもたらし、閉じこもりや気持ちのふさぎ込みを軽減してくれました。

我々職員はというと、ただただ見守るだけ。

 

モモが入居者さんのさみしい気持ちや満たされない気持ちを、言葉ではない何かで癒してくれていっているようでした。